食生活の大切を実感して泣きそうになる日々

本配属となり激務な生活を送るようになってからは、とにかく買い食いが増えました。

朝はコンビニで朝食を買って食べ、昼食は社員食堂、夕食は再びでコンビニで何かを買い漁る毎日です。まともな飯は昼食の社員食堂くらいなもので、それ以外はすべてコンビニ飯で済ますようになりました。

コンビニ飯は学生時代にもめずらしいことではなかったのですが、その頻度は明らかに学生時代よりも増えました。毎日のほとんどがコンビニ飯です。新人研修を受けていた頃は自炊もしていましたが、本配属になってからは時間的に不可能です。コンビニ飯以外の選択肢なんてありませんでした。

ただ、やはりコンビニ飯というのは体によくありませんね。初めの半年くらいは何ともなかったのですが、1年を過ぎたくらいでしょうか。何かよくわからないのですが体調が悪くなることが多くなりました。風邪もひきやすくなりましたし、常に体がダルいです。

あと、コンビニ飯って何かと濃いめの味付けが多いので、味覚がバカになってきた気がします。

実家に帰って親の飯を食べて泣いてしまう

長期休暇に実家に帰って親の手造りのご飯を食べたときに、大げさにではなく本当に泣いてしまいました。親に心配をかけてはいけないとトイレに行くと見せかけて、トイレの中で大粒の涙をこぼしました。

人の手作りのご飯ってこんなにおいしいんだと知った瞬間です。

そして、親の飯に涙した後にこみ上げてきた感情、それは虚しさです。

いったい、社会人になって私は何をやっているんだろう。

ふと、自分自身の生活に虚しさを感じてしまうようになりました。仕事とコンビニ飯だけの生活に生きている意味がわからなくもなってきました。ただ、虚しさを感じたところでどうしようもありませんので、こみ上げてくる感情は押し殺して忘れるしかありません。普段の生活だとあまり考えなかったことも、連休だと我にかえって考えてしまうものですね。

長期休暇が終わって実家を後にするとき、再び感情がこみ上げてきて泣いてしまいました。なんでこんなにも涙もろくなったのだろうと自分自身でもわからなくなりました。

何かおかしい。

本当はそのときに気づくべきだったのです。単に実家に帰ってきて親の飯を食い、連休が終わるので自宅に戻るだけのことです。そんな些細なことの節々で涙がこみあげてくる時点で異常です。ホームシックとも言えなくはないですが、何か普通ではありません。

コンビニ飯を食いたくないと思うようになる

実家に帰って人の作る飯のおいしさを思い出してからは、コンビニ飯がとても嫌いになりました。

嫌いになったといっても日々の生活から避けることはできませんので、嫌いなコンビニ飯を毎日食べ続けます。食事という人間の本能に従った行為にすらストレスを感じるようになってきました。

今日もまたコンビニ飯を食べてしまった。またさらに不健康になっていく。

そんなことを思うようになってきました。しかしながら、毎日の生活は忙しくて自炊どころではありません。コンビニ飯を否定したところで、結局はコンビニ飯に頼らざるを得ないのです。

不健康になっていくのは理解しつつも、食べてる一瞬のストレス解消のためにコンビニ飯を食べ続け、後でコンビニ飯を食べたことにストレスを感じて吐きそうになる。

まさにどうしようもないジレンマでした。

結局、そんな生活を送っていくうちに、1年で体重が15㎏以上増えました。1年で15㎏です、普通ではありません。人は激務の生活に放り込まれると激やせするか激太りするかのどちらかだと言われますが、私は激太りするタイプだったようです。

そんな私に対して職場の上司が放った一言。

オマエ…太ってきたということはまだまだ働き足りないんじゃないか!

その一言が忘れられません。殺意に似た苛立ちを感じましたが、それよりも今の生活から抜け出すことのできない現状に絶望しました。人生の袋小路に迷い込んでしまった気がします。

鏡に映ったのは醜く太った1匹のブタ

1年で15㎏以上も激太りしましたので、もはや昔来ていた服など着ることができません。最初はインナーがキツくなって着られなくなり、次にシャツやズボンが着られなくなりました。残ったのはゆったり目に着ていたアウターのみになりました。それもゆったりというよりはピッタリ、むしろ少しキツいくらいです。ここまでくるともはや別人ですね。

服だけでなく見た目もかなり変貌しました。下腹やアゴ下、さらには脇や股にかけて今までに見たことのない量の脂肪がまとわりついています。2重アゴや3段腹なんてのはもはやあたりまえで、体の節々がパンパンに膨れています。特に顔なんて脂肪で膨れ上がりすぎてもはや別人です。

本当に醜くなりました。同時に、自分自身が嫌いになりました。

いつからかオシャレに気をつかうこともなくなり、鏡を見る機会も少なくなりました。以前は身だしなみにはかなりの気を使い、鏡を見ない日なんてのは理解できませんでしたが、今では鏡を見る意味すら理解できなくなりました。

そんな私が自分の顔を見る機会といえば、パソコンの電源を落としたときの画面、あるいは自宅にある黒色の冷蔵庫に自分の姿がうつしだされた時くらいです。

ある日、ふと冷蔵庫に反射した自分の姿を見たときは、あまりの醜さとみすぼらしさに吐き気がしました。年齢以上に老けて見えて、目が死んでいます。

このブタ誰だよ…と思ったものです。

どこで何を間違えたのでしょう。学生時代に描いていた社会人生活とはまるで違う現実に直面しています。

おかしいですよね。学生時代にはもっとアフター5を満喫して、遊びに仕事に充実したドラマのような毎日を送るものだと思っていたのですが、現実は朝早くから夜遅くまで馬車馬のように働かされ続けるだけの生活です。

体は徐々に悲鳴を上げています。直感的にこのままでは何かマズイことになると思いました。

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